睡眠時無呼吸症候群という病気は、2003年にJR山陽新幹線の運転士が約8分間居眠り運転をして、駅に正しく停車できなかった事故によって広く世間に知られるようになった。
睡眠時無呼吸症候群は文字通り睡眠中に呼吸が止まる病気で、そのほとんどは物理的に気道がふさがって呼吸ができなくなる(あるいは気流が低下する)「閉塞型」だ。睡眠中に重力の影響であごの骨(下顎骨)が下がるとともに、のどの奥にある軟口蓋や舌の付け根(舌根)も落ちて気道がふさがれることで起こる。
睡眠時無呼吸症候群になると、脳や全身が酸素不足に陥り、深い睡眠が取りづらくなる。そのため慢性的な睡眠不足に悩まされ、いくら眠っても眠気が取れないと感じてしまう。仕事中に居眠りすることも多く、交通事故を起こす確率は健康な人の2.5倍も高くなるという。
睡眠時無呼吸症候群になると日中の眠気が強くなるだけでなく、高血圧や心不全などのリスクも高くなることが分かっている。くれぐれも放置は禁物だ。
そこで、大阪回生病院副院長・睡眠医療センター部長の谷口充孝氏に、睡眠時無呼吸症候群になる原因や、最新の治療法について解説していただいた。
重症になると2分に1回呼吸が止まる
「睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診療ガイドライン2020」によると、睡眠中、1時間に5回以上の無呼吸や低呼吸が起こると睡眠時無呼吸症候群と診断される。無呼吸とは10秒以上の呼吸停止のことで、低呼吸とは、30%以上の気流の低下が10秒以上続き、酸素飽和度が3%以上低下した状態をいう。
1時間当たりの無呼吸・低呼吸の回数をAHI(無呼吸低呼吸指数)と呼び、AHI 5~15未満が軽症、15~30未満が中等症、30以上は重症と診断される。
きちんと睡眠時無呼吸症候群の治療を受けている人は日本では50万人程度しかいないが、軽症まで含めた潜在患者数は実に2200万人に及び、AHIが15以上の人は約900万人と推計されている(*1)。
*1 Lancet Respir Med. 2019;7(8):687-98.
「患者は男性のほうが2~3倍多いのが特徴です。女性ホルモンの一種であるプロゲステロンには呼吸中枢を刺激する働きがあり、睡眠時無呼吸を防いでくれます。そのため、女性は更年期以降に患者が増える傾向があります」(谷口氏)
ちなみに、大きないびきは危険な兆候だ。いびきは舌やのどの肉が落ちて気道が狭くなった結果起こる現象なので、無呼吸や低呼吸の手前の段階と呼べる。実際、女性は更年期を過ぎるといびきをかく人が多くなる。
重症になると1時間に30回以上、つまり2分に1回は10秒以上の呼吸停止(あるいは低呼吸)が起きることになる。苦しくなれば自然に呼吸を再開するが、体にかかるストレスは相当なものだろう。当然、睡眠は浅くなるし、苦しくて目が覚めてしまうことも珍しくない。
脳卒中やがんなど、命にかかわる病気のリスクも
睡眠時無呼吸症候群を発症すると、睡眠時間も減るが、それ以上に睡眠の質が悪くなることが問題だ。
「深い睡眠が少なくなることに加え、最近注目されているレム睡眠(脳が活動して夢を見る睡眠)も減ることで、睡眠リズムが乱れてしまうことが分かっています」と谷口氏は話す。
深い睡眠が取れないので、いくら眠っても満足感がなく、夜中に何度も起きてトイレに行ったり、朝起きたとき頭が痛くなったりする。日中眠くて仕方がなくなったり、仕事の集中力が続かなくなったりする症状が起こるようになる。
また、呼吸が止まるたびに交感神経が刺激され、血圧も上がる。不整脈、心不全、糖尿病のリスクも高くなることが分かっている。
虎の門病院睡眠センターで調べた『睡眠時無呼吸症候群患者が罹患していた合併症の割合』はグラフの通りである。これらの生活習慣病になると動脈硬化が進むため、心筋梗塞や脳卒中を起こすリスクも高くなる。
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