昔から「高齢者は朝が早い」ことがよく知られている。
夜が明ける前に目が覚めて、そのまま眠れなくなってしまう人も珍しくない。また、トイレなどで夜中に何回も目を覚ますようになり、「朝までぐっすり眠る」ことは難しくなってくる。
不眠症(睡眠障害)には、眠るまでに時間がかかる「入眠障害」、深夜に目が覚めてしまう「中途覚醒」、必要以上に早く目覚める「早朝覚醒」、しっかり眠ったはずなのに満足感がない「熟眠障害」という4つのタイプがある。
年を取ると、このうち入眠困難が減り、代わりに中途覚醒や早朝覚醒が増えていく。
若い頃は、忙しさからか睡眠不足に悩まされることが多かった。睡眠時間を削って仕事をしていると、次第に夜遅くになってもなかなか寝付けなくなってくることがあった。反対に、いったん眠ってしまえば朝まで一度も目を覚まさずに眠り続けることも多かった。疲れているときは、目覚まし時計が鳴っても、それを切って二度寝してしまうことだって珍しくなかった。
なぜ年を取ると睡眠が浅くなり、必要以上に早く目が覚めてしまうのだろう?
そこで、睡眠学のエキスパートである秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座教授の三島和夫氏に、加齢によって睡眠にどのような変化が起こるのかを解説していただいた。
睡眠が浅くなり、早く目が覚めてしまうのはなぜ?
三島氏は「肌や目と同じように、加齢によって睡眠も変化します。その理由はいくつかあります」と話す。
睡眠には多くの役割があるが、中でも重要なのは日中の心身の疲れを回復する「休養」だ。年を取ると一般に日中の活動量は若い頃より少なくなり、肉体を維持するための基礎代謝も下がってくる。
基礎代謝とは、呼吸や消化など、肉体を維持するために最低限必要なエネルギー消費量のこと。年を取るとそれが下がるため、疲れを回復するためにたくさん眠る必要がなくなっていくというわけだ。そのため、朝早く目が覚めるようになる。
加齢に伴って、深い睡眠が減るとともに、トータルの睡眠時間も減ることが分かっている。
体内時計のリズムも変わる。多くの研究から、加齢によって体内時計が前倒しになっていくことが確認されている。多くの人が実感しているように、夜に眠くなる時間と、朝に目が覚める時間が、いずれも早くなっていくわけだ。
朝早く太陽の光を浴びると、目覚める時間も早くなっていく
人間の体内時計は「24時間よりも少し長い」ことはよく知られている。かつて25時間程度と思われていたこともあったが、実際はそこまで長くない。
午前中に太陽の光が目に入ると体内時計がリセットされる作用があるので、体内時計が後ろにずれていくのを防ぐことができる。早寝早起きを定着させるには「起きたら朝日を浴びること」と言われるのはそのためだ。体内時計の周期は生まれつき決まっているが、光をうまく利用すれば、もともと夜型の人も、朝型の生活に適応することが可能だ。
ところが高齢者の場合、この「朝日を浴びる」行為によって、体内時計がどんどん朝型にシフトしてしまう。朝のかなり早い時間から光が目に入る日が続くと、夜も早くに眠くなっていくのだ。
夜に部屋の照明やテレビ、スマホなどの光が目に入ると、朝とは逆に体内時計を遅らせる作用がある。しかし早く布団に入ると、その機会が減っていくので、翌朝早くに目が覚め、朝日を浴びる時間も早くなる。こうして体内時計がどんどん朝型に進んでしまう。
「若者の場合、夜遅くまで起きてパソコンやスマホの光を見ることが多く、体内時計が夜型にシフトしがちで、朝起きられなくなります。寝坊して朝日に当たらなくなると、ますます夜型が進んでいくでしょう。高齢者では、その逆のパターンで朝型が進んでいくわけです」(三島氏)
高齢者はわずかな刺激でも目を覚ましやすい
加齢により眠りが浅くなってくるのはなぜだろうか。それを知るために、体内時計によって人間がどのようなメカニズムで「眠くなる」のかを見てみよう。
就寝する時刻の2時間ほど前になると、まず脳の松果体から「メラトニン」という眠気を誘うホルモンが分泌され始める。すると脳の覚醒度が下がって眠気を感じるようになり、脈拍や呼吸を調整している自律神経も副交感神経が優位になって休息モードに入る。
続いて体内の熱が手足から出ていく「熱放散」という現象が起こる。眠くなると手が温かくなるのはそのためで、これによって脳の温度(深部体温)が低くなる。
「脳の温度は夕方過ぎから眠りに入る5時間~2時間前くらいに最も高くなり、就寝前の2時間ほどで一気に下がります。深部体温をグラフにしたときに、この落ち込みが大きいほど深い睡眠が増えることが分かっています」(三島氏)
ここに、高齢者の睡眠が浅くなる理由がある。年を取ると自律神経の機能が低下してくるため、就寝前の放熱もうまくいかなくなってくるのだ。
「昼間の体温は、若者も高齢者もあまり変わりませんが、夜間の体温の落ち方は高齢者のほうが少ないのです。脳の温度が高いと、深いノンレム睡眠は出にくくなります」と三島氏は説明する。
「徐波睡眠」と呼ばれる最も深いノンレム睡眠は、睡眠の前半にまとめて出る。高齢者はこの徐波睡眠が少なくなるのだ。一方、睡眠の後半に出る浅いノンレム睡眠は若者も高齢者もあまり変わらない。
「同じ深さで眠っていて、若者なら眠り続けられる軽い尿意やちょっとした物音でも高齢者は目を覚ましてしまいます。加齢とともに『覚醒閾値(いきち)』が下がるためです」(三島氏)
音、光、痛みなどの刺激は脳の視床から大脳皮質に上がっていくが、睡眠中はその刺激が脳に上がらないようにフィルターがかかる。年を取るとそのフィルターの機能が下がり、刺激が大脳皮質に届きやすくなるので、目が覚めてしまうのではないか、と考えられている。 |