生物は昼夜の変化に合わせて約24時間周期の「概日リズム」を刻む。この体内時計は、哺乳類では脳の視床下部の視交叉上核(しこうさじょうかく)に親時計があり、同調する子時計が体中に散らばる。制御には「ビーマルワン」など複数の遺伝子が関わる。
体内時計はホルモンの分泌や血圧を調整して体に秩序をもたらすが、時に不幸の鐘を鳴らす。悪条件が重なると病気の引き金を引く。午前中に心筋梗塞や脳梗塞が多いと聞くのはこのためだ。
そして今、免疫の複雑な働きですら体内時計に従うさまに関心が集まる。防御に隙ができないか。ジュネーブ大の研究と同様、そう思わせたのは京都大学の岡村均名誉教授らの発見だ。
皮膚にすむ黄色ブドウ球菌を調べたネズミの実験で、この悪玉菌の増殖が盛んな時と、抑制できている時があった。ヒトと同じ昼に活動する小型のサルで分析すると、夜に皮膚の細胞から続々と出てきた生体物質が菌のDNAに結合し、それを機に自然免疫が力を発揮していた。悪玉菌の過度な増殖を防げたのは、夜に免疫が奮闘してくれるおかげだった。東京都医学総合研究所などと解明した。
ここぞという時の活躍がたたえられるのは、押し込まれる時間帯があるからだ。防戦一方の時間帯は相手のゴールを許しかねない。しかし岡村名誉教授はいう。「活動時は餌取りに全力をあげ、眠っている間に脳や体をリフレッシュするのは生物の生存にとって合目的ではないだろうか」
京都大学の生田宏一教授は「免疫細胞の概日リズムも、遡れば(中枢の)体内時計に起因する。免疫が強い時と弱い時の時間帯は存在する」と語る。
リズムは新型コロナウイルスとの闘いにも影響する。ワクチン接種の時間帯によってウイルスにあらがう力の目安「抗体価」に差が出たとの報告がある。しかし、北海道大学の山仲勇二郎准教授らがモデルナ製ワクチンの1回目接種を受けた一般の332人で調べた研究は「接種時刻と抗体価の関連は無い」とのこと。先行研究との比較は難しいが抵抗力をつける重要性は変わらない。「概日リズムも含めて免疫系を考えた生活習慣が重要だ」
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病魔との攻防に時間の概念を持ち込む医学研究の考え方は、「試合の流れ」を大切にするスポーツの戦略に重なる。流れを読み、幾つかの選択肢からどのカードをどこで切り、最大の効果を引き出すか。時計を片手に治療や投薬の好機を追い求める「時間医療」といえる発想だ。勝ち目がないと感じる難敵が相手でも、流れにうまく乗ればチャンスは生まれる。
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