今、アップデートすべき睡眠の新常識とは?
新型コロナウイルスによってわれわれの生活が一変して、既に2年以上が過ぎた。外出時にはマスクを着用。他人との接触はできるだけ控えるようにし、忘年会や送別会などの飲み会は自粛。会社勤めの人にとって、とりわけ影響が大きかったのは勤務スタイルだろう。リモートワークが推奨されて出社日数が減り、会議や出張もオンラインで行われることが多くなった。そんな中、「睡眠」についての悩みを抱える人も増えているという。
睡眠障害を専門とする、青山・表参道睡眠ストレスクリニック院長の中村真樹氏は、次のように話す。
「最初のうちは、未知のウイルスに対する不安や外出自粛のストレスから、『眠れない』と訴える方が多く見られました。その後、在宅勤務が広まると、生活リズムが不規則になって朝起きられなくなった人が増えました。通勤がなくなったための運動不足、オンとオフが曖昧になって労働時間が増えたストレスなども、睡眠に悪影響を与えています」
睡眠は、単に体の疲労を回復させるだけでなく、傷ついた細胞の修復(成長)、免疫力の回復、ストレスの解消、記憶の定着・整理など、実にさまざまな役割を担っている。良い睡眠が取れないと、こうした役割が十分に果たされず、日中の眠気や集中力の低下はもちろん、免疫力の低下、血圧の上昇、体重の増加、メンタル不調など、さまざまな弊害を引き起こすことが近年の研究で明らかになってきた。さらに、睡眠不足の蓄積は、将来の認知症発症リスクの上昇とも関係することが指摘されている。
人間は眠らなければ生きていくことはできない。良く眠ることは、食事・運動と並んで、日々の体調を整え、健康長寿を実現させるための基本中の基本と言っていいだろう。では、良い睡眠とはどのようなものなのだろうか。
中村氏によると、「良い睡眠」には3つの条件がある。それは、十分な睡眠時間(量)、安定した眠り(質)、そして適切な時間・規則正しさ(タイミング)。この3つが揃うことで初めて「良い睡眠」となり、私たちの健康を守ってくれるのだという。
だが、「十分な睡眠時間の長さはどれくらいか」ということや、「眠りの質の良し悪し」などについては、根強い誤解や、知られていない新常識も多い。例えば、「睡眠は長さよりも深さが大事」「睡眠時間は90分単位がベスト」「深夜1時は睡眠のゴールデンタイム」といったことを耳にしたことがあるかもしれない。だが中村氏によると、これらはすべて誤解だという。
以下の8つの「新常識」について、「良い眠りとは何か」「良い眠りを得るためのさまざまな工夫」について、中村氏は話している。
「睡眠をめぐる8つの新常識」
- 「6時間睡眠」で足りているつもりでも、実は足りていない。
- 本物の「ショートスリーパー」はほとんどいない。
- 「90分単位だとすっきり目覚められる」とは限らない。
- 「深い睡眠」だけでなく「浅い睡眠」も重要。
- 夜中の「ゴールデンタイム」は存在しない。
- 睡眠不足の人ほどコロナの死亡リスクが高い。
- 睡眠不足は認知症を招く。
- 「眠る時間が不規則」だと、脳卒中や心筋梗塞になりやすい。
日本人は世界有数の「眠らない民族」
「6時間眠ればOK」ではない
日本人は世界有数の“短眠民族”だ。OECD(経済協力開発機構)が2018年に行った調査によると、日本人の平均睡眠時間は7時間22分で、加盟33カ国の中で最も短かった。「令和元年国民健康・栄養調査」によると、成人の男女ともに約4割(男性の37.5%、女性の40.6%)が6時間未満しか眠っていない。
必要な睡眠時間は個人差が大きいと聞き、「自分はショートスリーパーだ」と思っている人も少なくないようだ。ところが、実際に4時間程度の睡眠で足りるショートスリーパーは成人の数%程度しかいない。睡眠不足が続くと、その状態に体が慣れて感覚がマヒしていくだけで、脳は適応できず、“睡眠負債”がたまるほど能力は低下していく。
睡眠中は、体も脳も休む「ノンレム睡眠」と、体だけが休んで脳は活動して夢を見ている「レム睡眠」が交互に表れ、レム睡眠のときは目が覚めやすい。1回のサイクルを平均すると90分前後になるが、それはあくまで平均値。個人差も大きく、同じ人でも日によって変わってくる。だが、「睡眠は90分単位がいい」と誤解している人は少なくない。
この「睡眠は90分単位がいい」の誤解も手伝ってか、「6時間眠れば大丈夫だ」と思う人も少なくないようだ。だが、平日は6時間睡眠で問題なく過ごしていても、休日に少しでも睡眠時間が延びるようなら、実は睡眠時間が不足しており、“睡眠負債”がたまっている証拠だ。
量、質、タイミング…
どれが欠けても良い睡眠は得られない
「“良い睡眠”を得るためには、量、質、タイミングの3つの条件のどれが欠けてもいけません」と中村氏は話している。
睡眠時間を削れば深い眠りの割合は増えるが、人体には浅い睡眠も欠かせない。深い眠りも浅い眠りもバランスよく手に入れるためには、まとまった長さの睡眠時間が不可欠だ。
また、睡眠の長さは十分でも、日によって時間帯が大きくずれると、社会的時差ボケ(ソーシャル・ジェットラグ)を招き、さまざまな不調の原因となる。つまり、「毎日、ほぼ決まった時間に布団に入り、十分な長さ(目標は7時間以上)の安定した睡眠をとること」が、健康長寿の実現のためには重要と言える。
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