「脳は加齢で衰える」は誤解 何歳でも「脳力」は成長する
第1回 脳に関する「2つの新事実」が教えてくれること
田村 知子=フリーランスエディター
加齢とともに脳の衰えを実感する人は多いだろう。コロナ禍の影響で人と直接会って話す機会が減る中、「脳力」の衰えを一層感じている人もいるかもしれない。「このままだと、早く認知症になるのでは?」という心配も頭をよぎるが、実際、脳医学者の瀧靖之さんは、「コロナ禍の生活は、将来的に認知症のリスクを高める可能性もある」と危惧する。それはなぜか。どうしたら年齢を重ねても健康な脳を維持できるのか。3回にわたって詳しく解説していく。
「最近、もの忘れがひどくなった」「単語がスッと出てこない」「うっかりミスが増えた」「集中力が落ちてきた」……。加齢とともに「脳力」の衰えを感じる場面が多くなってはいないだろうか。それに加え、コロナ禍で外出機会が減ったり、運動の機会や、人と会ってコミュニケーションをとる機会が減るなど、脳への刺激が減る中、より一層「脳力」の衰えを感じている人もいるだろう。
「コロナ禍の生活で、脳の健康状態が悪くなっている人は少なくないと思われます」と指摘するのは、東北大学加齢医学研究所教授の瀧靖之さん。瀧さんは、幼児から大人まで、実に16万人もの脳のMRI画像を読影・解析してきた脳医学者だ。特に、認知症予防の研究に力を入れているが、「現在のコロナ禍の生活は、将来的に認知症のリスクを高める可能性もある」と危惧する。一体どういうことなのか。私たちの脳は、加齢とともに衰える一方なのだろうか。
脳の特性を理解すれば、脳の健康は維持できる
「脳の機能は加齢によって衰えるもの」「脳の老化は止められないもの」。そう思っている人は多いだろう。大抵の人は、集中力が低下しても、もの忘れがひどくなっても、ある程度の年齢になれば仕方がないと考える。その考えは、ある意味では正しいといえるし、間違っているともいえる。
なぜなら、私たちの脳は一定の発達を遂げたあとは、脳細胞が徐々に減り、萎縮していく。脳の体積も減っていき、機能も低下してくる。こうした加齢による脳の変化は避けられない事実である一方で、脳の機能はいくつになっても高められることが近年分かってきたからだ。
これはどういうことなのか。まずは加齢に伴う脳の変化をMRI画像で見てみよう。
以下の画像はいずれも、健康な男性の脳のMRI画像だが、40代、50代、60代、70代と年代別に見ていくと、中央にあるX型の白い部分(脳室)が、年代を追うごとに大きくなっているのが分かる。これはつまり、その周囲に黒っぽく映る脳が萎縮して、脳の周囲の空間が大きくなっていることを示している。加齢による脳の萎縮は、誰にも起こる避けられないこと、という事実が見て取れる。
しかし、後述するように、近年の研究で、脳の加齢による変化を促進するマイナス要因だけでなく、老化を抑制するプラス要因も存在することが明らかになっている。さらに、これも後ほど詳述するように、(1)脳の一部では年齢を重ねても神経細胞が新たにつくられること、そして(2)脳には外部からの刺激によって変化する力があること、という、脳に関する2つの新事実が分かってきた。
「こうした脳の特性を理解して、エビデンスに基づく生活習慣を実践していけば、生涯にわたって健康な脳を維持することは可能です。脳の加齢による変化は避けられなくても、日頃の心がけや行動次第で、老化による変化のスピードを緩めたり、いくつになっても新たな能力を獲得したりすることはできるのです」(瀧さん)
では、脳はどのように発達し、どのように衰えていくのだろうか。大人の脳を成長させたり、健康な状態を維持したりするためには、何が重要なのか。順に解説していこう。